魂の暗い夜

霊的な道に入ったことを、魂の暗い夜と言い表す人がいます。有名なアメリカの作家さんだったと思うのですが、名前は忘れましたが、私はこの言い表し方、表現が好きなんです。

イニシエートであると自覚する人の霊的な道のりは得てして困難の連続であったりします。

私においてもそうですし、そうでした。それは人生を無駄にし続けたと思っていた時期のことであり、このブログのはじまりは苦しいから書いたのが実際のところです。何かしなければ生きていられなかったのかもしれません。

ところで、最近私が成長したと自覚できたことがあり、それは本当に些細な事かもしれませんが、私にとっては大きな、初めての変化でしたので、ここに記したいと思います。

それは、アイフォンiTunesに入っている音楽をシャッフルで聞くことができるようになったことです。

それのどこが成長?なんだと思うかもしれません。そんなこと誰もがやっていることですから。

私は音楽好きだと言っていいと思います。アイフォンには購入したものだけでも1200曲ほどが入っています。

しかし、誰もが使っているこのシャッフル機能、私はこれまで使えませんでした。

それは、自分が意図していないことが起こることを恐れるが故のことです。シャッフルして次にやってくる音楽が何かわからないという状況が怖くて、これまで使ったことがなかったんです。

それは、音楽の力を私はわかっていますので、予期せぬ曲がかかったことで、予期しない変化が自分に起こることがただただ怖かったんです。

また、自分を信頼することができなかったのだと思います。それは、今においても完全に自分を信頼できてはいないとも思います。

しかし、シャッフル機能で、次にかかる曲がどのようなものであったとしても、大丈夫になったことは、私にとっての大きな進歩であることは確かです。私は音楽に関して雑食で、どの分野の曲でも聴きますし、もう忘れてしまっていた曲もシャッフルできくようになってたくさんありました。初めて聞いたように感じるものもありました。

もう少し詳しく言うとシャッフルすることで、私の中の例えばクラシックが好きな部分、私の内なるパーソナリティの一人は好きなクラシックをiTunesに入れ続けているのですが、そのクラシック好きな私が思いがけず、重低音のロックをきくことになるわけです。それらの人格はサブパートなリティというもので、誰もの内面にはそういった人格が存在しています。重低音ロックが好きな私の一部が、思いがけずジャズを聴いてしまったりするんですね。

それにOKが出たのは、やはりかなりの進歩、進化だと思えるのです。何が起こってもOK、一定の世界へのそして自分自身への信頼が内面で確立したのだと思います。

さて、魂の暗い夜。つまりは、魂の浄化が必要な自分自身に向き合い続けること。

それを暗い夜と言い表すのは、辛いからであり、自我が諦めきれないのでもあり、そして手放すことができない、そんなだからです。

また、言い方を変えると、最初の覚醒体験があり、それは、私の場合素晴らしいものでしたが、そういった素晴らしい時期を過ぎた、自分のエゴの部分と向き合うキラキラなど全くないそんな時期。

ちなみに、悲惨な子供時代を過ごした人の中には、最初の覚醒体験で、素晴らしい体験とともに、霊的に成長したときの自分の一端を体験するようです。それは、これから本当に自分と向き合う辛い時期に向かう前に、素晴らしい将来を見せてくれるんですね。端的にいうとそうやって死なないようにしているんだろうと思います。これまでに私の他にもう一人、そうだったという人にあったことがあります。

諦めて手放して、自分ではないものは全部捨てていく、そんな感じに思えます。本当にほしいときには手に入ることはないのだろうと。

自分の何かひとつづつ諦めるごとに、少なくとも夜明けは近くなっているのだと思います。

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