発達障害で悩む

発達障害を自覚したのはここ1年ほどの間。

今までも、そうだったが、このごろ顕著に現れているように思う。

しかし、その行動をよく見てみると、発達障害という言葉ではあらわせないことが分かってくる。

例えば、多動。私の場合には何かに追われるかのように、行動が慌ただしくなるのだが、それは、意識的にゆっくりとすることが可能だと分かってきた。

多動になっていることを自覚できた段階で、思い直しゆっくりの行動ができるようになる。

しかし、最近は、仕事中は全般的に多動気味ではある。

あとは、取り返しのつかないミスについて。

これだけはやってはいけないことが仕事中には有ると思うが、それをどうしてもやってしまう。何かのひょうしで、いつもは気をつけていても、どうしてもミスしてしまう。そんな場合もあると思う。

それに関しては、こう考えると答えが見えてくると思う。

それは、インナーチャイルドが、ここにいるから助けてと訴えている。ということ。

インナーチャイルドとは、生まれてからこれまでの間に、体験した数だけ存在するわたしたちの中にいる内なる存在のこと。

体験がポジティブであれば、そのポジティブな体験を再生産してくれる。こちらはマジカルチャイルトとも言われ、良いことを運んできてくれる。あなたの人生が良いことばかりという人は、はっきり言って恵まれた環境で育ったことが大きい。ラッキーな人だといえる。

しかし、傷ついた体験をしていた場合には、その体験も同じように再生産してしまう。こちらは、私のように胎児期を含め幼いころの環境や、もっと大きくなってからの傷ついた体験が原因となっている。

絶対にやってはいけないことを、どうしてもしてしまうというような場合、自分ではコントロールできないようなことがある場合には、相当な程に傷ついたインナーチャイルドからの訴えであると思っていい。

ここは、捉え方を大きく変えて傷ついた体験を、癒やすチャンスと捉えてみたら良いと思う。

無かったことにしたりせず(そうしたい気持ちはよく分かるし、みんな無かったことにしてしまっているが)、インナーチャイルドと向きあってみることがいい。

今までの体験の数だけインナーチャイルドは存在しているということは、それだけ多くの癒やしの機会があり、そこでの気づき、癒やしの体験は、何事にも変えられない素晴らしい体験であることは間違いない。

もう、二度と再起できないと思うようなこと、死んでしまいたいと思うようなことがあっても、もうしばらくだけ生きていてほしい。

ただ、生きるだけだと思っていても、それは素晴らしいことであるし、ただ生きながらえただけのように思えても、実はそんなことはまったくなく、そこで見えてくる景色はこれまでの価値観を大きく変えてしまうこともある。

人生に超えられないことはないのであるし、そこで得られたものこそ、人生の宝物なのだと思う。

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