私が負うべきではないカルマ

小4ごろには、私の方には家の重圧がのしかかっていた

母親を憎む気持ちはすでに持っていた

毎日、両親の葬式の場面を想像した。

両親が居なくなり一人になれた開放感を味わうことで、何とか精神のバランスを取っていた

覚えているのが、

ある冬の夜、母親が私に、明日の仕事の準備するから、一緒に来てと言った 私は行きたくないと言ったら、母親が一人で仕事場に向かった

私の身体もエネルギーもすべてを家に捧げているのに、この上まだ手伝えと言うのか?と思ったが、

母が一人で雪の日に出ていくのがかわいそうになってしまい、辛くて行きたくなかったが、追いかけて泣きながら手伝った

もう、こんな家嫌だ 違う家の子供になりたと思っていた

違う家で普通のこどもになる場面を想像した。 これは想像しきれなかったが

自分たちのネガティブなことを全部子供に負担させる親

私があんたたちの嫌なこと全部引き受けてるから家が成り立ってるんだ

あんたたちはずっと離婚同然だったじゃないか

それを私が何とかして保ってるんだ

今なら、勝手に遠くの親戚の家まで行って帰らないだろう

こんなところになんか住みたくない

親子の縁を切ってもいいと思う

そして、こんな目に合う自分は価値がないんだと思うようになっていった

母親よりも、誰よりも私は価値がないから、愛されないし、こんな目に合うんだと

今、一人で暮らしても、ずっと自分の愛し方がよくわからなかった

そもそも、自分が大切だとは思っていなかったし、大切にしたこともされたこともなかったから

私は少しづつ、自分を大切にすることを学んでいった

自分の体に「愛してるよ。」と言ったら、信じられなほど涙が出た。

母親は、私のことを愛さなかった

愛せなかった

母親は、レイプ被害者だった

数人の男性にレイプされた 数回にわたって

私は、それを母親のお腹の中で知った

信じられないかもしれないが、子供は母親のお腹の中で、母親の体験を全部感じ取る 自分もその体験をしたかのように

私は母親のお腹の中で、生まれたら母親を助けよう、母親を助けてあげよう 私が母親を癒やしてあげるんだと決めた

そして、生まれた

しかし、母親は、レイプのことを覚えていなかった

生きるために忘れたというのが本当のことだ

だから私の助けを拒否した

私の助けてあげようは、彼女を苦痛にさせたのだろう。

なぜなら、それはレイプを思い出すことになるから

だから、彼女はわたしの助けてあげようを徹底的に拒絶した

受け入れられなかったのだ

私は、自分が拒否されたと思った 自分の存在を拒絶されたと思った 

母は私に一つの愛もくれない

母は私を絶対に見ない 私が居ないかのように過ごしている

父親にはそれは分からない

母は私を抱っこして世話しているように見せかけている

父親はうすうす気がついてるのかも

しかし、私が生まれたことでこの家は再生しつつあった

何とか家族の形ができるかもしれなかった

それは、機能不全家族

私が、父と母のつなぎ役となり、私から彼らはエネルギーを好きなだけ奪い取り、家が成り立つという機能不全だ

父は私の第二チャクラから性エネルギーを奪っていた

私は、生きるために、両親の言うとおりに生きるようになっていった

母親に拒絶され、生きるには言うことを聞くしかないと思ったからだ

母親が私にしてほしいことを、母親が自覚する前にしてあげた

父親のネガティブなものを全部私が引き受けた

私は、醜くなり、ダメだ存在となり、自分の人生を棒に振ることで、彼らに使い、時にみんなから笑われることで、生きた

生きる唯一の方法だと思った

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